真っ先に「自己中な人」と答える人に
昔から、何となくビクつくところがあった。
別に私は自分のことを
自己中心的だと思っているわけではない。
けれど、人からは
そう見えることもあるんじゃないかと、ビクつくのと
自己中心的な人が嫌いと宣言されたことによって
「俺(私)の邪魔をする奴は嫌いだ。」もしくは
「俺(私)に従ったり、優先してくれる人じゃないと嫌いだ。」
という意味合いも含まれている気がしてしまって
ワンマン的なイメージを勝手に思ってしまうからだ。
そこまで考えて、もしくは、そう思って
「自己中な人は嫌いだ。」
と答えてる人はいないのかもしれない。
けれど、潜在意識の中に
そういう思いがあるのでは?
などということまで勝手に考えてしまう。
自己中嫌いが、実は自己中だったりして・・・
と自己中嫌いな人に怒られそうだけど
考えることもある。
別に自己中な人が嫌いでもいいんだよ。
というか、自己中な人が好きな人の方が
いないかもしれない。
それなのに
そこに引っ掛かってしまうのは
やっぱりビクつくイメージにある
理由なんだろうなぁ。
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私の心に引っ掛かっていたとげが抜けた気がする記事でした。
実は、私はとある神社で巫女をしていたのですが
宮司という、その神社のトップの人がちょっとワンマンな人でして
その影響でか、部下たちは宮司の文句を言ったりする、他人の言葉を聞きいれる耳のない人で、
何が正しくて何が悪いのか分からなくなり、やめたのですが
そのいまだに残る心の傷が、すこしなおったように思うのです。
なぜかといえば
私は自分の意見をいったり、嫌なことは嫌と行動することは必要だと思っているのですが
必要とあらば意見をするようにしていたら
お前は自己中だなぁ。と言われ、そのように対応されるようになり、世のため人のために生きると誓った私にはつら過ぎる言葉だったのです。
しかしそれは私にとっての世界のすべてである現実に起きたことであり
同時に、人々を救うために必要な知識を得るために入った神社での出来事であったことも影響して
何が本当に正しいことであるかわからなくなり、
私は本当に悪い人間なんじゃないかと、心がふらふらになっていたのです。
しかし、その人たちの言う「よい人」にあたるのだろう巫女は
自分の意見をいうことのない、従順で、そして自分を滅私奉公する人で。
心を開いて互いを補い合うとは違って
完全に「自分にとって必要なもの」をつぶして、相手の(自尊心を守るための)要求にこたえる人で
それを真似しろと言われたのですが
どうしても従えませんでした。
変わりに、自分が過去に出会った上品で素敵な人を手本にすると言っていたら
「お前は自己中だからなぁ」
と言われ。ついに辞める時、
今まで頑張ってきたからすこし休みたいと言ったら
見下された目を見たのが、ずっとずっと心ささった棘になっていて
休んでも休んでも疲れがとれないでいたのです。
休むことを許されていないと、心の中で感じていたのでしょう。
それがこの記事を読んだら、
あの人らが自己中だったのだ
と私以外の人が言っているのが、とてもありがたかくて
少し楽になりました。
ありがとうございます。
長文乱文ですみません。
本当にありがとうございました。
ご健勝をお祈りいたします。